板倉勝静板倉勝静 

いたくら かつきよ
katukiyo itakura(1823~1889)



江戸時代末期の備中松山藩主、老中首座。幼名は寧八郎、新十郎。号は庫山、松叟(しょうそう)伊勢桑名藩主松山平定永の八男で板倉勝職(かつつね)の養子になります。

幕政改革を漢学者山田方谷の登用によって成功させました。幕末の政治の中核を担い、将軍徳川家茂、慶喜の時、老中を務めます。慶応3年(1867)大政奉還に立ち会い、戊辰戦争の時には北海道函館まで赴きます。明治維新後は上野東照宮宮司を務めました。
 

 

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